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取り扱い人名一覧


浅見喜舟 

1898-1984

群馬 生

書家

師 木俣曲水

書星会理事長・千葉県文化功労者


千葉県の書道協会、美術会の創設に尽くした書家。

千葉大、和洋女子大などの教授を歴任するなど活躍した。




葦原眉山
1838-1887
尾張 生
画僧


葦原眉山は岡倉天心らの中央での日本美術再興運動に呼応し木村金秋・奥村石蘭らと同好社を設立し後進の指導に尽力した画僧。作風は流派に囚われず、狂歌百人一首など様々な作品を描き残した。




大島義昌 

1850-1926

長州 生

軍人・華族

関東総督・陸軍大将

正二位勲一等功二級子爵

玄孫 安倍晋三


戊辰・西南・日清・日露戦争に従軍し戦功をたてた後、陸軍大将を務めた軍人。関東都督として満州経営にあたるなど長州軍閥叩き上げのエリートとして陸軍において重きを為した。また、玄孫に安倍晋三がいる。




烏丸光栄

1689-1748

公卿・歌人

正室 松平綱昌の娘

子 烏丸尹光・日野資総・勘解由小路資望・裏松光世・日野資枝・烏丸光胤室・松平定賢室

正二位内大臣

師 霊元天皇・中院通躬・武者小路実陰


有栖川宮職仁親王や桜町天皇の和歌の師として「栄葉和歌集」や「詠歌覚悟」などを記した公卿。 歌人・文官としての才覚は抜きん出ており、烏丸家で内大臣にまで至ったのは光栄だけである。また、三上藩主である遠藤胤忠にも古今伝授を授けた。




江戸家猫八

1868-1932

栃木 生 

落語家 


歌舞伎の3代 片岡市蔵の弟子であったが廃業し動物や鳥などの鳴き声のものまねに転向し、3代柳家小さんにみとめられ弟子となり活躍した落語家。客席との毒舌をまじえた掛け合いで人気をあつめた。




高井鴻山

1806-1883

信濃 生 

豪商・文化人・絵師・書家

鴻堂は初名

師 葛飾北斎・貫名海屋・岸駒・岸岱・横山上龍・城戸千楯・摩島松南・佐藤一斎・梁川星巌


代々の酒造として生を受けるも文化人としての才能があり家業が潰れるまで放蕩を続けた豪商。晩年の葛飾北斎に師事し描いた妖怪画などが秀逸作として評価されている。




小猿雪堂
1888-没年不明
明治-大正の日本画家
師 狩野永信・小堀鞆音・橋本関雪

狩野派の流れをくみ、帝展・文展や日本南画院などで活躍した日本画家。




円山応挙

1733-1795

丹波 生

日本画家

師 石田幽汀


中国古画から西洋の遠近法まで幅広く研究し、花鳥を始め動物、昆虫、植物などをさまざまな角度から繊細に描写、更に装飾性を加味した「写生画」を確立するなど近代京都画壇の原点ともなった絵師。円山派の始祖でもある。古典・中国画・狩野派など伝統的な様式は元より、光琳を始めとした琳派など当時流行していた作風を研究・積極的に自身の様式へと昇華させ当代随一の人気絵師として君臨した。また、後継絵師の育成にも力を注ぎ応挙門十哲とされる駒井源琦・長沢芦雪・山口素絢・奥文鳴・吉村考敬・森徹山・木下応受らを始め松村呉春・西村楠亭・月僊・皆川淇園など多数の優秀な絵師を輩出した。




中院通茂

1631-1710

公卿・歌人

権大納言

従一位

祖父 中院通村

父 中院直純

師 熊沢蕃山


霊元院歌壇の指導的役割を果たし公武間の斡旋に尽力した公家。武家伝奏を務めて徳川光圀と親しくし、その家臣に百人一首を講義した。水戸学者の三輪執斎、歌人の宣阿は通茂に師事して和歌を学んだという。 著書に『渓雲問答』等、日記に『中院通茂日記』等がある。


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