異国にて感じる異国情緒

異国にて感じる異国情緒

異国情緒というくらいなのだから、日本にいて異国の雰囲気を醸し出し、それに加えて情緒がなくてはいけない。東京にいて江戸情緒という言葉も聞くが、これも江戸の雰囲気を残し、やはり情緒を伴わなければならないのである。

情緒とは、私のイメージでは懐かしさを帯び、どこか趣きのある味わいを指すのだが、風景として頭の中に思い描いてみると、函館や、横浜や、神戸や長崎。何故か古くからの港町ばかりが浮かんでくる。なんとなく、レンガや石畳や教会など、共通してこれらの街には多い様な気もする。(性格なデータはわからないが個人的なイメージで)

そして、異国情緒という言葉を思うと、同時に私はもう一つの言葉が頭に浮かぶ。’モダン’という言葉である。辞書で引くと意味は、「現代的、近代的である様」と書いてある。しかしこの’モダン’という言葉に情緒を感じるのは私だけだろうか。私の想像する’モダン’とは古き良き時代の西洋的な教会や時計台や石畳のすすけた感なのである。すなわち、私が感じる異国情緒とはかつて近代的であったろう西洋の建造物が時を経て、揺り椅子の上でうたた寝る、さながら日本に暮らす外国から来た老人といったところなのである

海外、特にヨーロッパに行くと、街が昔のまま残されているところが多い。百年、二百年前の建造物がそのまま残っているのは珍しくないし、教会など千年を超えているのもざらにあるのだ。
最近になって、世界遺産巡りなどの流行もあり、そのようなものが保護される時代になってきたのだが、未だにアジのある風景を平気で壊してショッピングモールに変え、駅周辺は開発され、あっという間に駅ビルが建つ。何処の街に行っても味わいのない同じような街に作り直されているのだ。

話しは異国情緒に戻るが、何年か前にインドのダージリンという街に行く機会があった。その昔インドはイギリスの植民地であり、ダージリンはイギリス人の避暑地であった。街は山肌をぐるぐると囲むように展開しており、赤や黄色や緑の屋根が周辺に散らばっている。標高は2000Mを超え、しんどいくらいの坂道続きである。
特産品としては、誰もが知っているダージリンティーの産地である。ここでの厳しい気候と霧の多さが、紅茶を育てるのに絶妙な環境だったのだ。
ここには古い時計台があり、街のシンボルでもある。イギリス人よって作られたこのダージリンの街は時計台を含め、西洋的な雰囲気を醸し出している。そのような街で暮らす人々の顔はチベット人やネパール人と系統が近く、インド人よりも日本人的な作りである。

古ぼけた西洋の街並みをアジア人が賑わっている。石畳の脇道でおじいさんが魚をさばき、その隣では鶏が生きたまま売られている。遠くの方で機関車の汽笛が聞こえ、屋台から湯気が立ちのぼる。
 
何故か異国にいながら、不思議な懐かしさに包まれる。

異国の地で異国情緒を感じたときであった。


2015/9/10/成田雲助