異国のサムライ『大陸浪人』

異国のサムライ『大陸浪人』

政治情勢などに本来明るい方ではないが、選挙ポスターの中に自分と近い年齢のを見かけると、一体何を訴えている人物なのかと興味を持ったりはする今日この頃。高校球児が大きなお兄さんに見えていたのに、いつの間にか大きく歳を超え、今や同い年の政治家がいるのかと思うと不思議な気分になる。


ところで、昨今の日本の政治、原発や憲法改正案等に伴い、若者達による抗議運動やデモ活動のニュースを特に最近、テレビや新聞でよく見かけるようになった気がする。


しかし歴史を振り返ってみると、イデオロギーが大きく揺れていた時代、例えば学生運動が活発だった1960年代の安保闘争や全共闘運動でも若者、学生が目立っていいたし、明治維新まで遡れば、維新志士達の中にも沢山の若者がいた。

新旧が入れ替わるのは、歴史の性質上、常に時代の流れと共に変化してゆく当然の成り行きなわけであり、100年前の常識や思想を現代の若者がそっくり受け継ぐのは、どう考えてみても無理な話であるから衝突するのだろうが。


黒船来航による鎖国の廃止をきっかけに、江戸時代は終焉を迎え、明治という新しい時代に突入していくわけだが、欧化主義への反発などから国家主義、アジア主義に目覚め大陸へと移住していく者がいた。彼らのことを『大陸浪人』と呼ぶ。日本がアジアへと進出していく為の大きな架け橋となった者達も数多くいた。

今の時代であれば、海外に行くことなど容易であるが、当時としては飛行機もない時代である、言葉も習慣も違う国に渡り、一旗上げるのは相当な覚悟が必要だっただろう。


それまでは『大陸浪人』といっても明白な定義はないが、日本が大陸へと進出していく時代の風潮をフォーマットとして、自らの政治的な理想や理念をこれからの日本の外交政策になんらかの方法で影響をあたえようとしていたのは間違いないようである。

その後、日清戦争や日露戦争では、現地の通訳や諜報などに関わり、軍や政府の後援、活動資金の援助を受け、それ以降の『大陸浪人』の活動意義や方向性を定めることになる。


日本国内が騒乱の中、時代の流れを読み、国外へと活動の場を変え、後に日本の外交政策の中でフィクサーとして暗躍するものなど、当時の政治、外交は今とは比にならないほどのワイルドさを帯びていたように思える。


話しは違うかもしれないが、今では海外で活躍するスポーツ選手は沢山いるけれど、初めて海外へと乗り込み、道を切り開いていった人間の根性にはすさまじさを感じる。

例えばアメリカに行ったら、当たり前だが自分以外はアメリカ人なのである。

そのマイノリティーな立ち位置を個性という武器に変えて、時代を煽動するのは芸術であり革命である。


『大陸浪人』とは、日本を脱藩し、異国の地で最も日本人であったサムライなのだ!



2015/8/29 成田雲助