取り扱い人名一覧:更新

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菱刈隆

1871-1952

鹿児島 生

軍人・陸軍大将


日清戦争、日露戦争に従軍。のち第八師団長、第四師団長、台湾軍司令官などを歴任。1929年 陸軍大将、1930年 関東軍司令官となり、1933年から満州国大使を務めた。




山内多門

1878-1932

宮崎 生

日本画家

師 中原南渓・川合玉堂・橋本雅邦

帝展審査員


帝展の第一回展で最高賞を受賞するなどその実力もさることながら、帝展の主任審査員・若葉会の会頭を務め後進の指導にも尽力した日本画家。その人柄は「武骨な剣客風の風貌に似合わず性格は極めて穏健で気配りの人」といわれた。弟子は100人を超え、大野重幸(院展無鑑査)や岩橋英遠(文化功労者)を輩出。




中原南渓

1830-1902

宮崎 生

日本画家

門人 山内多門


都城島津家のお抱え絵師。西郷隆盛の肖像画を描いた事でも有名。狩野派の技法に優れ多くの門人を輩出した。




高橋竹迷

1883-1952
岐阜 生
曹洞宗 僧
清光寺 住職・正福院 住職

多彩な才能を持ち永平寺、總持寺の禅師・役寮を初め、大学、画壇、文壇、政治家、軍人など様々な人々と親しく関わりを持った曹洞宗の禅僧。その交際範囲の広さと人生を書いた中嶋繁雄 著「漂白の禅僧!『天よりの聲』」他、いくつかの作品にもその生涯が描かれている。




韓天寿
1727-1795
伊勢 生
書家・画家・篆刻家
師 松下烏石・沢田東江


百済 余璋王の後裔を名乗り韓天寿と称した書家。古法帖の臨模双鈎に精通し曹全碑や皇甫府君などの法帖を精巧に模刻したほか、山水画の臨模も盛んに行い、伊孚九と池大雅の山水画を縮小して模刻した『伊孚九・池大雅山水画譜』を製作した。




三宅正一

1900-1982

岐阜 生

政治家・農民運動家


小作料不納同盟・労働農民党・無産農民学校・日本労農党の結成などに参加し社会大衆党・日本社会党の重鎮として活躍した政治家。新潟3区では田中角栄の好敵手としても有名で、田中は三宅の支持者に食い込む形で勢力を拡大、三宅も根強い支持層で対抗した。ロッキード事件後の第34回衆議院議員総選挙で選挙運動中にお互い出くわした際に、三宅は「体に気をつけろよ」と田中にエールを送り、田中は「農民の恩人である三宅さんを落としたら新潟県人の恥である」と続けた話が今も残る。




西沢笛畝 

1889-1965 

東京 生 

師 荒木寛畝・荒木十畝


文展・帝展にて活躍した日本画家。 昭和4年第10回帝展で無鑑査。 昭和9年第15回帝展では審査員を務める。 荒木十畝・池上秀畝亡き後、読画会の代表理事となる。 また、日本画院の結成に参加。 人形研究家としても知られ市松人形の図など人形を題材にした作品も多く著作に「日本郷土玩具辞典」がある。




跡部白鳥

1900-1973

熊本 生

日本画家

詩 堅山南風

大調和会委員


河童の絵を好んで描いた日本画家。独特の画風で知られ、渡仏し西欧に学んだ画風と日本画本来の独自性とを混然融和した白鳥ならではの画趣に到達。親しく交わり慕った小川不銭亡き後の河童絵の第一人者として人気を集めた。




范曽 

1938- 

中国 江蘇省 生 

画家 

中央工芸美術学院教師


歴史的素養に基づいた人物画と格調高い書に加え、詩や文章にも通じた“三絶の人”「中国人物画の鬼才」と評されている中国の現代画家。




山本五十六

1884-1943

新潟 生

元帥海軍大将・第26、27代連合艦隊司令長官

正三位 大勲位 功一級


海軍要職を歴任後、連合艦隊司令長官として真珠湾攻撃など太平洋戦争緒戦の諸作戦を指揮した軍人。人心掌握の心得を示した「やってみせ言って聞かせてさせてみてほめてやらねば人は動かじ」の言葉は広く現代に残る。


取り扱い人名一覧を更新致しました。山光堂では歴史にその名を残した人物の作品を探しております。美術品・骨董品の他、歴史にまつわる品なども買取致しておりますので宜しくお願い致します。また、買取方法につきましては買取案内をご参考下さいます様お願い致します。