民谷伊右衛門 赤穂浪士と四谷怪談

民谷伊右衛門 赤穂浪士と四谷怪談

夏の風物詩といえば、怪談話しがございますが、歴史はとても古く、『今昔物語』などの平安時代の古典文学にも沢山の怪談が収録されているそうでございます。

それらをオムニバスのようしてまとめあげた『雨月物語』や、歌舞伎、落語の題材にもとりあげられた『四谷怪談』や『番町皿屋敷』など、怪談話しは古くから日本人に愛され、時に脚色されながら伝承されてきたものだそうです。

余談ではありますが、明治時代に日本で活躍されたギリシャ出身の新聞記者、小泉八雲氏も日本に古くから伝わる怪談話しをオリジナルな解釈で仕立て上げ、『怪談(kwaidan )』として一冊の本にまとめております。

明治末期には、当時欧米で流行していたスピリチュアリズムといわれるものに影響された日本の文学者達が、夜な夜な怪談会のスタイルの一つでもある百物語を催したり、盛んに怪談の執筆活動を行ったりしていたようで、欧米文化の煽りをもろに受けたミーハーな娯楽は、やがて一般大衆の中にも流行し、怪談ブームと呼ばれるものになっていったようでございます。

ちなみに、スピリチュアリズムというのは、肉体が滅びても霊魂は存在し、この世の人間があの世の人間と交信できるという思想や哲学のことだそうで、交霊術で有名な恐山のイタコなどもスピリチュアリズムのカテゴリーに入るのかもしれません。

また、怪談話しは民俗学とも縁が深く、『遠野物語』の著者である柳田國男氏も怪談愛好者だったそうで、日本全国に広がる民話的な怪談話しなどは、民族学者の研究の対象にもなっていたようです。

話しは戻りますが、夏といえば花火に祭りに甲子園、と数え切れないくらいのイベントが盛り沢山でございますが、お盆、お墓参り、とありまして、それに続いてやはり怪談話しに肝試し、が定番であるわけでございます。

八月に入って、田舎に帰省される方も多いと思いますが、その土地土地で必ず一つや二つは地元のものなら必ず知っているという怪談話しはあるものです。怪談話しの元を辿れば、人の世の恨み辛み、成仏できずにあの世とこの世の間をさまよう哀れな幽霊の未練の物語りなのです。

 

時は元禄十四年、三月十四日。

江戸城松之大廊下にて播磨赤穂藩三代藩主、浅野内匠頭が高家旗本、吉良上野介に

斬りかかり、浅野内匠頭は即日切腹、浅野が属する赤穂藩もお取り潰しとなった。一方、当時の喧嘩両成敗の原則に従えば、吉良にも何らかの刑が下されるはずだが、吉良は切りつけられた際に抜刀していなかったためにお咎めなしとなる。

この事を端に発し、浅野の家臣である赤穂藩士達が団結し、吉良邸に討ち入る。これがかの有名な赤穂の四十七士による元禄赤穂事件である。

しかし、この赤穂浪士。元は百二十名ほどいたのだが、さて討ち入りの話しになると、年寄りや気の弱い者から一人抜け、二人抜けと、あれよあれよという間に、六十余名。いざ日取りまで決まると、四十七人しか揃わなかった。自分の命と引き換えに、忠義を貫く勇気ある四十七士。

と、忠義を貫かず、勇気もない伊右衛門という男がいた。

この男、元は浅野家の家臣で討ち入りを誓った赤穂浪士の一人であったが、討ち入り前に脱落。

ふらふらしているところを、仲介人に半ば騙される形で、四谷に屋敷を持つ御先手鉄砲組同心、民谷又左衛門の婿養子となり、民谷家の一人娘、岩を妻にする。

岩は容姿、性格に難があったようで、うんざりしている伊右衛門の前に現れたのが、吉良家の家臣で与力、伊藤喜兵衛の孫娘、梅。伊右衛門は梅に気に入られ、逢瀬を重ね、とうとう岩が邪魔になってくる。

ある日、伊右衛門と梅は結託して岩を毒殺し、祝言をあげてしまうのだった。

その後、岩は悪霊となり伊右衛門に取り憑き、精神を病んだ伊右衛門は錯乱し、梅を化けて出た岩と勘違いし殺してしまう。

赤穂浪士としての忠義を果たさず逃げ出し、よりによって仇である吉良家の家臣の孫娘と不倫、妻を殺害し、愛人である梅と結婚。最後にはその梅まで殺してそのまま出奔。

話しはここでは終わらず、伊右衛門は吉良の家臣、清水一学のところへ逃げ込み、大石蔵之助の暗殺と引き換えに助命を約束される。

伊右衛門は赤穂浪士の集まる屋敷へ突撃するが、浪士達の返り討ちにあい、敢え無く絶命。

その夜、赤穂浪士、四十七士は吉良邸へ乗り込み、見事吉良上野介の首を打ちとったという話し。

 

これは赤穂浪士の外伝的に脚色された話しなのでしょう。

四谷怪談だけでも映画や舞台と様々なバリエーションがあるようでございます。

 

最後にもうひとつ。


民谷家に婿養子に入った伊右衛門と岩の生活は貧しく、岩が奉公に出てその生活を支えていたようです。

左門町にある田宮神社を岩がお参りした後、段々と生活が上向いたと言われており、現在も新宿区左門町にある田宮神社は土地の住民達の信仰の対象となっているようです。

この話しの中では、伊右衛門と岩は仲睦まじい夫婦だったようでございます。

暑中お見舞い申し上げます。



2015/8/6 成田雲助