土方歳三

1835-1869

武蔵 生

武士

新撰組副長

幕末の京都において治安維持の為に結成された新撰組の副長。近藤勇の片腕として活躍し「鬼の副長」と呼ばれた側面、和歌や俳諧を嗜む一面も見られた。新撰組の組織作りに尽力、指揮命令の多くは土方から発したとされている。新撰組崩壊後も最期まで新撰組を率い各地を転戦、旧幕府軍最期の抵抗勢力として函館戦争において壮烈な最期を遂げた。



菱刈隆

1871-1952

鹿児島 生

軍人・陸軍大将

日清戦争、日露戦争に従軍。のち第八師団長、第四師団長、台湾軍司令官などを歴任。1929年 陸軍大将、1930年 関東軍司令官となり、1933年から満州国大使を務めた。



菱田春草

1874-1911

長野 生

日本画家

師 結城正明・岡倉天心・橋本雅邦・川端玉章

日本美術院正員

文展二等賞 他 受賞多数

横山大観・下村観山・木村武山と共に橋本雅邦門下の四天王と呼ばれ、岡倉天心の薫陶を受け「朦朧体」と呼ばれる無線描法によって、新時代とも呼ばれる日本画の革新を目指した日本画家。近代日本画中屈指の名作とされる作品を描くも、満37歳の誕生日を目前にしてあまりにも早くその生涯を閉じる。



日根対山

1813-1869

大阪 生

文人画家

師 岡田半江・貫名菘翁・ 桃田栄雲

里井浮丘の庇護を受け中国古画を研究し南画の名手となる。交友のあった鉄翁祖門を私淑し、幕末の文人画家の第一人者と呼ばれた。門弟に野口小蘋・猪瀬東寧・奥蘭田・跡見花蹊・中丸金峯らがいる。



平井楳仙

1889-1969

京都 生 

日本画家

師 竹内栖鳳

帝展委員・新文展無鑑査

文展に入選を重ね活躍する。

入江波光・榊原紫峰らと桃花会を結成。

戦後は後援会の楳推会を中心に制作活動を行った。



平岡浩太郎

1851-1906

福岡 生

自由民権運動家

玄洋社初代社長

甥 内田良平

頭山満とともに玄洋社を組織し初代社長としてアジア問題を先導した活動家。実業家として炭坑の経営に成功し玄洋社の活動を支えた。また、政治家に転身後は憲政党結成に尽力、対露同士会に参加し対露強硬論をとなえた。



平賀源内

1726-1779

讃岐 生

陶芸家・本草学者・戯作者・山師

師 田村元雄

本草学者、戯作者、浄瑠璃作者などとして活躍し、現代では「エレキテル」を紹介したと事でも有名な江戸時代の異才。様々なブームの火付け人としての顔も併せ持ち、源内焼に代表される焼物や油絵、火浣布の製作など多芸多才な才能は時代の先駆者として様々な人物に影響を与えた。



広田弘毅

1878-1948

福岡 生

政治家・外交官

内閣総理大臣 他 大臣要職歴任

勲一等

有能で毅然とした外交官であったが、政治家に転身後は軍部と議会の板挟みの末、軍部主導の政治生命に舵を取った文官。そうしたことから第二次大戦後の東京裁判においてA級戦犯として絞首刑となる。しかし、その人柄は高潔な人と評価出来る。軍部の力が膨れ上がっていた現状を打破出来なかったのもその人柄の為ではなかったのかと思われる。