末永節

1869-1960

福岡 生

政治運動家・武道家・大陸浪人

兄 末永純一郎

中国革命運動の協力者として宮崎滔天らと行動した大陸浪人の一人。1901年に玄洋社社員となり、黒竜会結成にも参加。中国革命同盟会を支援し、宗教仁編集の機関誌「民報」の発行人となった。辛亥革命では革命軍に参加。その傍ら、全日本少林拳武徳会初代宗家としての顔も持つ。



杉浦重剛

1855-1924
教育者・思想家
近江 生

東宮御学問所御用掛として昭和天皇、秩父宮雍仁親王、高松宮宣仁親王および良子女王に倫理(修身)を進講した教育者。「人格高邁の国士」と評される程の学得兼備の人物で理学宗という独自の世界観を確立した。親交のあった頭山満は「本当の学者は世の中の太陽である。杉浦が恰度それであった。真に天下の至宝じゃった。杉浦は鵜の毛ほどの欠点もない人物であった。君子という文字は書物にあるが、生ける君子はめったにない。杉浦はその稀有の一人であった」と讃えた。



杉浦俊香

1844-1931

駿河 生

日本画家・哲学者

オフィシエ・ド・アカデミー勲章・フィラデルフィア万博金賞 他 受賞多数

明治期に日本画を広く海外に紹介し、新時代とも呼べる日本画を推進に大きな功績を残した日本画家。独学で切り開いた画境により多くの人を惹き付け、独自の美術論を説き、画壇にも大きな影響を与えた。



杉山茂丸

1864-1935

福岡 生

政治運動家・実業家

先祖 龍造寺隆信

子 夢野久作

孫 杉山龍丸・参緑

井上馨・桂太郎・山縣有朋・児玉源太郎・後藤新平・松方正義・寺内正毅らの参謀役を務めた玄洋社系政財界のフィクサー。政界の黒幕と呼ばれ数々の献策を行った。



鈴木華邨 

1860-1919 

江戸 生 

日本画家 

師 中島亨斎 

内国勧業博覧会花紋賞牌 他 受賞多数

花鳥山水画の名手として知られ、各種博覧会、共進会で受賞を重ね画壇で活躍した日本画家。容斎派・四条派・土佐派のほか浮世絵の要素を加えた独自の画法を立ち上げた。海外での受賞歴も輝かしく、欧州では北斎以来、もっとも知られた日本画家と称された。



鈴木三樹三郎

1837-1919

常陸 生

武士

新撰組九番隊組長・御陵衛士・警察官

伊東甲子太郎

新撰組九番隊組長を務めるも実兄・伊東甲子太郎とともに新撰組を離脱し御陵衛士(高台寺党)を結成した武士。戊辰戦争では新政府軍として各地を転戦、明治以降は司法・警察関係に奉職する。



須永元

1868-1942

下野 生

漢学者・実業家・活動家

玄洋社・黒龍会・東洋協会の活動に活躍した活動家。朝鮮問題に関心が深く、近代日朝関係史を集めた資料は須永文庫として残されている。