西郷隆盛

1827-1877

鹿児島 生

武士・政治家・軍人・教育者

薩摩藩藩士・陸軍大将

「維新の十傑」とも呼ばれる明治維新の中心人物の一人。薩摩藩の代表格として討幕運動を指導し薩長同盟や王政復古などを次々と成功させ戊辰戦争では司令官として活躍する。維新後に陸軍大将となり新政府を主導するも退官。西南戦争の指導者となり日本国最後といわれる内戦を起こすが鎮圧され自刃した。現在でも広くその名を残し多くの人に敬愛される傑物として知られる。



最澄

諡号 伝教大師

766-822

近江 生

天台宗 開祖

比叡山 延暦寺を開いた天台宗の開祖。政治に癒着し身分を重視したそれまでの仏教の思想に反発し、誰もが平等にと仏になれると説き幅広く支持された。



さいとう・たかを

1936-現在

和歌山 生

漫画家

不朽の名作「ゴルゴ13」を生み出した劇画界の代表的な漫画家。また、自身の設立した「さいとう・プロダクション」は初めて分業体制や脚本部門を置いた漫画制作プロダクションである。



斉藤一

1844-1915

江戸 生

武士・警察官

新撰組三番隊隊長・副長助勤

幕末の京都において治安維持の為に結成された新撰組の三番隊組長。沖田総司と並ぶ剣の腕は最強とされた。新撰組結成当初から重要な役を務めあげ、新撰組崩壊後は会津に留まり会津藩士とともに新政府軍への抵抗を続けた。また、維新後に警視庁に勤務し西南戦争に参加し活躍している。



斎藤実

1858-1936

陸奥 生

軍人・政治家

内閣総理大臣・海軍大将 他 大臣要職歴任

従一位大勲位功二級子爵

5.15事件において混迷した政局を安静化させるも2.26事件において凶刃に倒れた政治家。軍部の要求に従い満州国を承認、一時的な措置と考えられていた内閣総理大臣を2年以上務め政党政治を打ち消した。その政治手腕は軍部主導という訳ではなく、政治の安定を第一においた。



酒井田柿右衛門 初代

1596-1666

筑後 生

陶芸家

師 高原五郎七・東島徳右衛門

色絵磁器(赤絵)の創始者として現代まで続く伊万里焼の名門の初代。柿右衛門様式と呼ばれる作風を確立しマイセン窯や景徳鎮窯にも影響を与えた。



酒井田柿右衛門 12代

1878-1963

佐賀 生

陶芸家

師 11代 酒井田柿右衛門

佐賀県重要無形文化財

ブラッセル国博覧会グランプリ・日本伝統工芸展優秀賞

名門の11代目として恥じぬ活躍を見せ後の13代、14代柿右衛門と共に「濁手」の技法を再現、復興させた伊万里焼の陶芸家。



酒井田柿右衛門 13代

1906-1982

佐賀 生

陶芸家

師 12代 酒井田柿右衛門

重要無形文化財(人間国宝)・佐賀県文化功労者 

日本工芸会正会員・佐賀県陶芸協会会長・一水会審査員

紫綬褒章・紺綬褒章

12代・14代柿右衛門とともに「濁手」の技法を再現、復興させた伊万里焼の陶芸家。「三衛門展」の開催、「柿右衛門製陶技術保存会」を設立するなど精力的な活動を続け人間国宝に指定された。



酒井田柿右衛門 14代

1934-2013

佐賀 生

陶芸家

師 12・13代酒井田柿右衛門

重要無形文化財保持者(人間国宝)

日本工芸会理事・一水会常任委員・国際陶芸アカデミー名誉会員・佐賀県陶芸協会会長

数々の賞を受賞し人間国宝となった名門の14代目であり人間国宝でもある伊万里焼の陶芸家。国外に置いても精力的に活動しその名に恥じぬ活躍を魅せた。



坂本龍馬

1836-1867

土佐 生

武士

師 勝海舟

薩長同盟や大政奉還の成立に尽力した幕末を代表する志士。数々の作品に描かれたその人間像は多くの人に敬愛されている。また、龍馬の結成した亀山社中(海援隊)からはその後の政財界の中心人物を数多く輩出、岩崎弥太郎により三菱財閥へと発展した。



佐々木月花

1920-

産経国際書会名誉顧問

臨泉会会長

夫 佐々木泰南

産経国際書展 高円宮賞

佐々木泰南の作った臨泉会をよく守り活躍した女流書家。自由で味わいの深い作風で親しまれた。



佐藤耕寛

1902-1975

宮城 生

日本画家

師 池田輝方・荒井寛方・堅山南風

再興第14回院展にて「春裡のひな祭り」で入選・第2回聖徳太子奉賛美術展に「大和風景」で入選するなど受賞を重ね日本美術院院友として活躍した日本画家。



真田信繁(真田幸村)

1567-1615

信濃 生

武将

真田十勇士と共に多くの作品で後世まで語り継がれる英雄的武将。「六文銭」の旗印を掲げ大阪冬の陣・夏の陣で活躍。その後の生存説も存在するほど逸話も多く、「真田幸村」として知名度も高い。



真田昌幸

1547-1611

信濃 生

武将

子 真田信繁(真田幸村)

武田二十四将の一人として活躍後、上田合戦において徳川軍を撃退した事で知将として知られ徳川家康を恐れさせたといわれる武将。