栄西(明菴栄西)

1141-1215

備中 生

禅僧

臨済宗 開祖

宋に渡り禅を学び、日本に帰り臨済宗の開祖となった禅僧。建仁寺を開山し、天台密教葉上流の流祖でもある。また、奈良時代に伝えられたが廃れてしまっていた喫茶の文化を普及させ、宋より持ち帰った茶種の栽培を奨励したことにより日本の茶祖ともいわれる。



叡尊

1201-1290

大和 生

僧 

真言律宗

仏教においての道徳や規則である戒律の復興に尽力した真言律宗の名僧。貴賤を問わぬ救済を志し多くの帰依をうけるとともに、忍性・信空など多くの著名な弟子を育てた。それは真言宗・律宗の枠を超えた「鎌倉新仏教」とも言え、これまで国が定めた方法でしか認めらなかった出家戒の授戒を改め、自らの手で行う「自誓授戒」を行った。



永楽善五郎 初代

西村宗禅

?-1558

大和 生

陶芸家

現在の土風炉の原型となる奈良風炉の創始者。茶人・武野紹鷗に高く評価され土風炉師善五郎を名乗った。



永楽善五郎 10代

西村了全

1771-1841

京都 生

陶芸家

千家十職

千家の出入りとなり天命の大火により全焼した西村家を立て直した中興の祖。家職の土風炉のほか、瀬戸、安南写し、公趾焼などの茶陶を手がけ始めた。



永楽善五郎 11代

西村保全

1795-1854

京都 生

陶芸家

養父 10代 了全

千家十職

歴代 善五郎の中でも屈指の名手といわれる千家十職の一人。金襴手・祥瑞・染付・交趾・仁清などの写しから独自の優雅な京風の作品まで数多くの優品を残した。徳川治宝に召されて偕楽園焼に従事、また、近江で湖南焼を創始するなど各地で活躍。青木木米・仁阿弥道八とともに「京焼の幕末三名人」と評された。



永楽善五郎 12代

西村和全

1823-1896

京都 生

陶芸家

父 11代 保全

千家十職

家業をよく守り幅広い作風の作品を残した千家十職の一人。赤絵、交趾焼、仁清写しなど優品を数多く残す。



永楽善五郎 13代

西村回全(宗三郎)

1834-1876

京都 生

陶芸家

師 11代 保全

千家十職

西山藤助と共に保全・和全・得全の方腕として活躍した千家十職の一人。陶土の鑑別や釉薬の調合に優れており轆轤の名手といわれた。13代は藤助と共に二人おり、後に分家して西山宗三郎と名乗った。



永楽善五郎 13代

西山藤助

1819-1883

京都 生

陶芸家

師 11代 保全

千家十職

西山宗三郎と共に保全・和全の片腕として活躍した千家十職の一人。和全の定めにより13代は宗三郎とともに二人となっている。



永楽善五郎 14代

永楽得全

1853-1909

京都 生

陶芸家

師父 12代 和全

千家十職

それまでの家風では見られない豪放なうえ嫌みのない作風で活躍した千家十職の一人。国内外の展覧会で受賞を繰り返し、茶道復興もともなって永楽の家名を確固たるものとした。



永楽善五郎 14代

永楽妙全

1852-1927

京都 生

陶芸家

師夫 14代 得全

千家十職

夫の14代得全が亡き後、14代善五郎を名乗り女性らしい優雅な作品を残した千家十職の一人。淡々と自らの芸術性を追求し、高い評価を受けた。



永楽善五郎 15代

永楽正全

1880-1932

京都 生

陶芸家

師 14代 得全・妙全

千家十職

信楽・伊賀写しを得意とした千家十職の一人。14代・得全亡き後、妙全に従いその代作などを手がけ、妙全亡き後、15代として活躍した。



永楽善五郎 16代

永楽即全

1917-1998

京都 生

陶芸家

師 14代 妙全・15代 正全

千家十職・京都伝統陶芸協会初代会長

家風をよく受け継ぎ現代屈指の名工といわれた千家十職の一人。即中斎・淡々斎好みなどを多く手がけたほか、千家十職による千松会や十備会に出品し茶道の発展に貢献した。



永楽善五郎 17代

1944-

京都 生

陶芸家

師 即全

千家十職・日本工芸会正会員・国際陶芸学会会員

伝統的な京焼を交えながらも優雅で趣のある作品を制作する千家十職の一人。歴代の善五郎の作風をよく学び、近代の精錬された感覚で表現する永楽家の当代。



江戸家猫八

1868-1932

栃木 生 

落語家 

歌舞伎の3代 片岡市蔵の弟子であったが廃業し動物や鳥などの鳴き声のものまねに転向し、3代柳家小さんにみとめられ弟子となり活躍した落語家。客席との毒舌をまじえた掛け合いで人気をあつめた。



江間天江

1825-1901

近江 生

医師.漢詩人・儒者

師 緒方洪庵・梁川星巌

兄 板倉槐堂

幕末から明治を代表する文人であるが維新期は実兄の板倉槐堂や山中静逸・谷如意などと国事に奔走した。また、東京で明治政府の太政官に出仕するも翌年には辞職京都で私塾立命館塾長として儒学の講義を担当した。



圓鍔勝三

1906-2003

広島 生

彫刻家・工芸家

師 澤田政廣

日本芸術院会員・日展顧問・日本彫刻会理事・多摩美術大学名誉教授

文化功労者・文化勲章・日展特選 他 受賞多数

輝かしい受賞歴とともに日本彫刻界の要職を歴任するなど活躍した戦後の日本彫刻界を代表する彫刻家。様々な題材に挑戦し常に新たな表現を模索、生涯その制作意欲が枯れる事はなかったという。